
本郷菊富士ホテル
本郷菊富士ホテル
銀座せきていの前身である、本郷菊富士ホテルは羽根田幸之助が明治27年7月に創業し、正時代には日本の文壇を代表する作家や芸術家、思想家などが常宿し、様々な作品が生み出されました。歴史を彩る舞台となった本郷菊富士ホテルは、世界中の日本文学に造詣が深い方々の間では、馴染みのある舞台であります。
戦火に焼かれた現在は記念碑を残すのみになっておりますが、日本の文化をこよなく愛し、新たな文化を取り入れる姿勢は銀座せきていをはじめとし、羽根田家の血に脈々と継がれております。

芸術座公演ポスター
かつて「菊富士ホテル」は東京都文京区本郷菊坂にありました。このホテルには、大正から昭和10年代にかけて、多くの文学者、学者、芸術家、思想家たちが滞在し、ここを舞台に数々のエピソードを残しました。主な止宿者には、石川淳、宇野浩二、宇野千代、尾崎士郎、坂口安吾、高田保、谷崎潤一郎、直木三十五、広津郎、正宗白鳥、真山青果、竹久夢二、三木清、中條百合子、湯浅芳子、大杉栄、月形龍之介、高柳健次郎--など当時のそうそうたる人達です。東京都文京区本郷5-5-16(オルガノ敷地内)に記念碑がございます。
瀬戸内寂聴さんの小説「鬼の栖」や画家、竹久夢二を描いたNHKドラマ「まあ、ええわいな」森光子主演芸術座舞台「本郷菊富士ホテル」の題材にもなっております。
二代目「武夫」は戦前写真家として日本人初めての国際的な賞を受賞している才能の持ち主でありました。
戦後は写真家としての感性を日本旅館の建築、庭園、画家、料理へとぶつけていきました。『熱海石亭』は「武夫」のまさに『作品』であったのです。
三代目「公男」は事業の中に代々の感性を溶け込ますことに注力し、石亭グループを育て上げました。独特の洗練された感性とセンスを以って、ロサンゼルスの『HOTEL BELーAIR』を世界のトップホテルにランクさせた唯一の日本人となったのです。
四代目の現社長「羽根田ユキコ」は歌手として国内外で活動する中で日本料理の完成度の高さと芸術性に感動し、より多くの方々にその素晴らしさを伝えてゆきたい、と願っております。


